新春あけましておめでとうございます。
健やかに新しき年をお迎えになられたこととお慶び申し上げます。
新型コロナウィルス感染症のため
オンライン研修と、e-learningという形で
各企業、行政様で独自の動画学習を
導入してただくことろが増加していきました。
昨年2021【令和3】年の前半は、オンラインとリアルとの
ハイブリッド研修が多くなり、
5月以降は、研修前のPCR検査を原則として、
コロナ流行前の『リアル研修が戻ってきた感』を
喜んでおりました。
そして、本年、新年を迎え3週間が経ったところで、
ふたたび、コロナ・オミクロン株の動向が心配で
気がかりな方は多いのではないでしょうか。
そのような中でも、改めまして、
弊社の新しい組織開発プログラム、
継続して階層別能力開発プログラムを
導入していただいた多くの企業様に感謝申し上げます。
本年も組織の課題解決、社員の皆様の能力開発に対して
真摯に向き合い、プログラムの刷新、さらなるサービス向上に
気持ちを新たに取り組んでまいります。
文章による情報提供だけでなく、e-learningのように
動画による情報提供もしていきたいと存じます。
どうぞ変わらぬご愛顧のほど心よりお願い申し上げます。
そして、良著紹介ですが、
これまでは『時流を読み解くスタッフの想像・創造力向上』と
いうコンセプトでお送りしてまいりました。
2022年、新しき年からは、スキルや知識だけにとどまらず、
人としての生き方や人生指針になるような良書を選び
ご紹介していきたいと思います。
『君たちはどう生きるか』を
お送りしたいと思います。
どうぞよろしくお付き合いください。
この本を推薦する理由
原作は1937年、81年前に出版されたものです。
80年以上読み継がれている本が昨年夏に漫画化され、
2018年上半期のベストセラーに選ばれる結果となっています。
これは漫画になり読みやすくなっただけでははく、
「君たちはどう生きるか」に
その理由があったのではないかと
思います。
数年前になるでしょうか?、ワイドショーでは
故意の悪質タックル問題や、
フェアであるべきボクシングの判定に
疑惑が持ちあがっていることが
報道されていました。
本来の人間のとしての正義や道義、
どのようにあるべきかを、問われたときに
人はなんと答えてよいのか戸惑うことが少なくありません。
人生にはうれしいこと、
つらいこと紆余曲折があることはわかっていますが、
そのような局面にあって、
人としてどうすることが、
自分らしいのかを考えさせてくれる本だと感じました。
そして、この本を読んだ人は、読了後に光を見つけたような
納得感と爽快感を感じることも
ヒットの理由の1つだと思います。
そして、本のタイトルが「何のために生きるか」
「生きる目的は何か」ではなく、
「どう生きるか」という壮大なテーマを取り上げながら、
主人公が中学生コペル君とそのおじさんの視点との
やり取りを通じて書かれているので、
とてもわかりやすく読みやすいと思います。
「こんな時、自分ならどうするするだろう?」と
私の場合は、「自分の子供が
このような問題にぶち当たっときに、
親としてどのように
話せばいいのだろう?」と
いう難題にアドバイスをもらっている気がしました。
誰しも自分の唯一無二の人生の道を歩んでいます。
その道には正解のないことが多いのですが、
「人間としての悩みと、過ちと、偉大さについて」考える
一冊を読み解いていきましょう。
本の全体像(概略)
この本の主人公は中学生の本田潤一君です。
その潤一君に「コペル君」というニックネームをつけたのが、
お母さんの弟である叔父さんです。
なぜコペル君と呼ぶようになったかと言う
エピソードから始めましょう。
潤一君は学校で習った「分子」というものに
漠然とながらに関心持っていました。
皆さんもご存知のとおり、「分子」とは物質を構成する
最小単位のことです。
ビルの屋上にあがり、そこで潤一君は
眼下に見える小さな人々を眺めながら、
世の中を作っている最小単位となる分子は「人間」なのでは
ないかと感じ、それを叔父さんに伝えました。
子供にありがちな自己中心的な世の中の見方から、
世の中の流れを作っている一人が
自分だということに気づいた潤一君に
叔父さんは感心し、
コペルニクスが天動説から地動説を唱えたことと同等に、
人間として生きていく大切な第一歩を発見した甥に
そのものの見方を忘れないように
という願いを込めて「コペル君」という愛称をつけたのでした。
やり取りで気づいたことをノートに
書き留めていくようになりました。
実は叔父さんには、亡くなった潤一君の
お父さんから聞かされた言葉がありました。
それは「潤一には立派な人間になってほしい」、
そして同じ年代の子供たちにも「立派な大人になる」
人生指針になるような本を作ってほしいという願いを
託されていました。
気づくこともあれば、死にたいと思うほど
悩み苦しむ問題に直面していきます。
それは「いじめへの対応」「自分の友人への裏切り行為」
「人間と人間との本質的な結びつきとはどうゆうことか」
「学問を超えた、本当の発見には何が必要か」
「貧富の差から起こるおごりの気持ちについて」
「偉大な人間になるためにはどのように生きるのか」など、
否応なく考えざるを得ない事件に遭遇していきます。
読者の私たちもかつて経験したことのある思い出や
感情が呼び起こされることがあるかもしれません。
そして、その1つひとつの問題に
叔父さんが優しい包容力とともに、
温かい手紙による言葉によって激励していきます。
時には生産関係の仕組みや万有引力の法則、
ナポレオンの功績などの知識を織り交ぜながら、
教え諭してくれるのです。
コペル君の悩みの1つに、
いじめられている友達への自分の裏切り行為ともいえる
自分の弱さに打ちのめされることがありました。
私たちの身近な問題として置き換えて、
「こんな時、あなたなら、どのように感じ、
そしてどう対応しますか?」と
お聞きしたいと思います。
問1) 同期で入職したスタッフAさんは、
職場のベテランのBさんとそりが合わないようです。
ある時、Bさんから仕事のことで攻められているAさんを見ました。
しかし、そのミスはAさんの責任ばかりではないことも
あなたは知っていました。
「困ったことがあったら助けるからね」と
Aさんに言っていたあなたでしたが、
「Bさんにたてつくと、あとで私までも何か言われてしまうのが
嫌だしな~」とその場を見て見ぬふりをしてしまいました。
このような時、どのような感情になりますか?
そしてその後、どのような対応をとると思いますか?
医療プロフェッショナルとして役立ててもらいたいポイント
自分の弱さに打ちひしがれているコペル君の横に、
お母さんが来て、女学校時代に経験した「後悔」の
思い出を語る部分があります。
このエピソードもまた、
医療機関に働くあなただったらどうするか?と
置き換えて書いてみます。
しかも少し重たそうな荷物をもった
患者様が来られました。
あなたは心の中で、入り口までいって
手伝いしようかと思いました。が、
その患者様はモタモタしながらも、なんとか入ってこられました。
今度はスリッパが取り出しにくそうです。
手伝おう!と思った瞬間に、何とか出せたようです。
次は座るところがなくてキョロキョロしています。
結局、あなたは声をかけることも、
手助けをすることもなく過ごしてしまいました。
どうでしょう?どのような気持ちになりましたか。
次に同じことが起こった時に、
同じように見過ごすことができますか?
「なんでもっとはやく声をかけなかったんだろう」、
「どうして思ったことを行動に起こせなかったのだろう!?」と
いう情けない後悔の念を20年以上も引きづっていたのです。
そして、お母さんは「この後味の悪い感情(後悔)を経験できた」
ことこそが感謝すべき出来事だったとコペル君に言います。
それは自分が次の機会に「手伝おう、手伝いたい」という
きれいな心が沸いてきたら、
「今度こそ、それを活かすさなくっちゃ」と
背中を押してくれるからだと言うのです。
これからの長い人生の中で、
やるべきことをできずに後悔することがあるかもしれませんが、
その苦い経験や感情こそが、
忘れかけていた自分の本質を
思い出させてくれるものたからと。
ノートに記して伝えます。
人間とは本来、調和して生きてゆくべき
もので、お互いが慈しみあい、
好意を尽くして生きてゆくべきもので
あるからこそ、それができなかったときに
やりきれなさや後味の悪さとなって知らせてくれるのだと。
私たちは小さな誤りや、
自分で自分を許せなくなるほどの苦しい誤りを犯す
こともありますが、その誤りから立ち直る力もあるのです。
人間の苦しみや後悔の念とは、
本来あるべき状態(こうしたい!という願い)から
外れた時に生じます。
そして、その本来あるべき状態へ向かおうとすることこそが
人間の偉大さにつながっていくにある。
ということなのです。
皆様が本来持っている患者様への愛情、優しさ、慈しむ心情が、
忙しい、恥ずかしい、めんどくさいといった
事情や感情に阻まれたときこそ、
思い出していただきたい言葉だと思いました。
著者について
1899(明治32)年~1981(昭和56)年。
雑誌「世界」初代編集長、岩波少年文庫の創設にも尽力。
2010年、「インチキ君」で第27回MANGA OPEN奨励賞
を受賞。
2011年に「ケシゴムライフ」をモーニングで
短期集中連載し、2014年には単行本発売。
近刊に「昼間のパパは光ってる」。
22.01.21(金)村田 小百合 カテゴリ: